顧客名簿流出

 つい先程の事であるが、”03-6671-8044”という電話番号から、電話がかかって来た。実は、この番号から電話がかかって来たのは、もう5回目の事である。一度目は、見知らぬ番号なので出ず、後でその番号を検索してみた。すると、SYLAという不動産会社の名前が、浮上して来た。どうやら、この会社は不動産投資の話を手当たり次第に持ちかけて回っているらしく、甚だ評判はよろしくない。それからまた、しばらくすると、2回目の電話があり、同じくらいの間隔を開けて、3回目の電話があったが、これらはいずれも、私の方で手が離せず出られなかった。すると、また同じくらいの間隔を開けて、4回目の電話。これには、私も出たが、出た瞬間に「間違えました」と一言だけ言い残し、即座に切られた。何度もかけて来ておいて、間違えたはないだろうと思うのだが、まあ、向こうがやろうとしている事は、だいたい想像がつく。入手したリストを元に、虱潰しに電話をかけ、その相手が営業の話を持ちかける上で適切な相手かどうかを調べる(※01)までは、比較的経験の浅い社員か、もしくは、アルバイトなどにやらせる。そして、そのリストを元に、比較的営業に慣れた社員が、後日電話をかけて来る。つまり、比較的有能な社員を、難しい仕事にのみ集中させる事により、業務の合理化を図っているのである。
 5回目となる、先程の電話をかけて来たのは、やんわりした感じの声の、感じの良い女性であった。自己紹介もそこそこに、私の周囲に不動産投資をしている人間がいるかと聞いて来たので、私は彼女の話を遮った上で、この私の電話番号を、一体どこで入手したのかと問い詰めた。すると、意外にも入手先については、あっさり聞き出す事が出来た。聞くに、ネクセルという名簿を販売している会社だと言う。まあ、この件は一旦、置いておくとして、私は彼女の話を聞いてみる事にした。すると、「周囲に、不動産投資などをしておられる方は、いらっしゃいますか?」と聞いて来る。まあ、乗っけから売ろうとする姿勢を示さないのは、営業の基本中の基本だろう(※02)。私は、いないと答えた。すると、今度は投資に興味があるかと聞いて来るので、私は基本的に投資に興味はないが、するとしても国債か、もしくは、ETF(※03)といったリスクの低いものだけだと答えた。
 ここで、彼女は、”弊社を通じ、投資をしておられる方は、たくさんおられます”だの、”弊社のセミナーには、多くの方に御参加いただいています”だのといった事を、唐突に語り始めた。これは、些か展開が強引と言うか、不自然である。まあ、おそらくは電話の相手が投資に詳しい人間と見て、彼女も動揺したのだろう。結果、どうして良いか分からなくなり、最後の詰めの段階で使うツールを早々と出してしまったものと思われる。以下、次の様な会話が続く。

私 :「御社は、自社の商品を魅力的なものと捉えている訳ですね?」
営業:「はい」
私 :「自信を持って、顧客に勧められるものだと?」
営業:「もちろんです」
私 :「それは、かなりの高い確率で儲かるから、やらない手はないという認識だと捉えて、宜しいですか?」
営業:「はい」
私 :「もし、その話を持ちかけられたのが自分であれば、オイシイ話であるから、是非ともやりたい?」
営業:「はい」
私 :「では、こうしましょう。もし、利益が出た場合は、その8割を御社に差し上げます。その代わり、損失が出た場合は、その8割を保障する旨の契約書を、私と交わして下さい」
営業:「… …」
私 :「何でしたら、会社とではなく、あなた個人との契約でも構いませんよ。どうです?良い話でしょう?」
営業:「あの…そうですね。リスクを避けたいという事でしたら、やらない方が良いかも知れませんね」

 彼女は、”リスクを避けたくない人間”などというものが世の中に存在するとでも、思っているのだろうか。意味が分からない。それに、もし彼女の言っている事が事実(本心)であるならば、この話を断る理由などないはずである。つまり、まんまと尻尾を出した訳だ。
 次に、ネクセルの方に電話をかける。出たのは、声から察するに、中年と思わしき男性であった。一頻り事情を説明した後の遣り取りは、次の様なものである。

私 :「これは、違法ではないのですか?」
業者:「仰っている情報は、弊社が業者から買い取ったものなんですね。ただ、本人からの削除要請があった場合には、応じています」

 ”違法か否か”という質問には答えず、”削除要請には応じる”という、こちらにとって良い情報を、そそくさと持ち出して来ている。ちなみに、個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)では、次の様になっている。

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第二十七条(利用停止等)

 個人情報取扱事業者は、本人から、当該本人が識別される保有個人データが第十六条の規定に違反して取り扱われているという理由又は第十七条の規定に違反して取得されたものであるという理由によって、当該保有個人データの利用の停止又は消去(以下この条において「利用停止等」という。)を求められた場合であって、その求めに理由があることが判明したときは、違反を是正するために必要な限度で、遅滞なく、当該保有個人データの利用停止等を行わなければならない。ただし、当該保有個人データの利用停止等に多額の費用を要する場合その他の利用停止等を行うことが困難な場合であって、本人の権利利益を保護するため必要なこれに代わるべき措置をとるときは、この限りでない。
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 尚、条文にある第十六条、及び、十七条は、以下の様になっている。

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第十六条(利用目的による制限)

1 個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない。
2 個人情報取扱事業者は、合併その他の事由により他の個人情報取扱事業者から事業を承継することに伴って個人情報を取得した場合は、あらかじめ本人の同意を得ないで、承継前における当該個人情報の利用目的の達成に必要な範囲を超えて、当該個人情報を取り扱ってはならない。
3 前二項の規定は、次に掲げる場合については、適用しない。
 一 法令に基づく場合
 二 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
 三 公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
 四 国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき。

第十七条(適正な取得)

 個人情報取扱事業者は、偽りその他不正の手段により個人情報を取得してはならない。
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 違法に売却されたものを購入する事が、”不正の手段”に当たるか否かについては議論の余地があるが(※04)、第十六条一項に違反して取り扱われている事だけは間違いないだろう。つまり、”削除要請に応じる”という先方の方針は、第二十七条を遵守したものと解釈する事が出来そうである。
 では…と、疑問に思われる方もいるかも知れない。こういった(個人情報を、売却した側の)業者を、摘発する事は出来ないのか?…と。調べてみると、次の様になっている。

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 個人情報取扱事業者は、法の定める義務に違反し、この件に関する個人情報保護委員会の改善命令にも違反した場合、「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」の刑事罰が課せられる。
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 まずは、”改善命令”があり、次に”ペナルティ”である。しかし、これだと、倒産した会社などには、効果が薄いのではないか?例えば、そういった会社の個人情報にアクセスする権限を有していた誰かが、金銭的な利益を目的とし個人情報を売却するといったケースの抑止力としては、やや弱いのではないか?そこで、先の業者(ネクセル)の方に改めて問い合わせてみると、やはり予想通り、個人情報の売却を申し出て来るのは、倒産した業者が多いとの事だった。

 個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)の保護法益は、”個人情報により生じる被害(心理的なものを含む)の予防”である。ならば、買い手の側にも制約と十分な罰則を加える条文を設けるべきだと思うのだが、如何だろうか。この法律の、一日も早い改正が望まれる。

※01:おそらくは、年齢と性別で判断しているものと思われる。過去のデータから、契約が成立しやすい対象を割り出し、そこに集中的に営業をかける事により、業務を合理化しているのである。
※02:相手に、警戒心を持たれないため。
※03:Exchange Traded Fund(上場投資信託)の略で、株価や特定指標などに連動し、株の買い増しや売却を行う投資信託の事。
※04:本人の同意なく”売却”する事は違法であるが、”購入”する事そのものを制約する法律は存在しない。但し、これを違法と認定した判例が存在する可能性は否めない。