富士登山 ~御殿場ルート編~

 去る07月19日、私は、富士山に登って来た。富士登山については、以前にも書いた事があるが、あの時が吉田ルート(5合目)からの登山だったのに対し、今度は御殿場ルート(新5合目)からの登山である。ちなみに、富士山には全部で4つのルート(※01)があり、その中でも御殿場ルートは、最も距離が長く(※02)、また山小屋も少ない(※03)…即ち、富士登山では最も過酷と言われるルートである。
 長丁場になる事は、以前に登った際に分かっていた事なので、今回は03:00に新五合目に到着する様、車で家を出た。実際に着いたのは、それよりも少し前であったが、麓にあるセブン・イレブンで買い物をし、食事を済ませている内に時間が過ぎ、実際に新五合目に着いたのは、03:45を過ぎた辺りだった。
 御殿場ルートは、遭難しやすいため、明るくなるまで少し寝てから出発しようと思っていたが、寝れなかった。ちなみに、出発時(04:30頃)に於ける、登山口の駐車場付近の様子は、こんな感じである。


 ちなみに、今回の私の靴は、これ。

 愛用の、クロックスである。尚、今回の私の装備は、黒シャツを一枚にジーンズ。いつもは仕事で使っているリュックの中には、Tシャツをもう一枚とダウンジャケットを一枚、ペットボトル4本(1.5L×2、0.5L×2)、チョコレート一袋、あとは、スマートフォンと補助バッテリーが一台といった感じである。
 ちなみに、黒シャツとジーンズは、私が日頃から着用しているものだが、私は基本的に、気に入った全く同じものをまとめ買い(※04)し、着用する事にしている。

 ところで、スティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグも、同じ様なこだわりを持っている(いた)が、実を言うと、この明らかに特異な傾向は、アスペルガー症候群である事(自閉的認知行動特性)が関係している。また、私は、ジョブズやザッカーバーグが青年だった頃も、私が青年の頃に抱いていた、こだわりの片鱗の様なものを持っていたのではないかと考えている。例えば、私は、12~13歳の頃は、ずっとベレー帽を被っていたし、その後はハンチング帽を被ったり、トレンチコートを羽織っていたりしていた。
 少し、横道に逸れた。話を、元に戻そう。しばらく進むと、こんな看板が見えて来た。

 こういった場所で、商売っ気のあるものを見るのは、あまり良い心持ちがしない。そもそも、あの山小屋なるものの存在自体が、如何なものだろうか?
 彼らは、正当な権利があって、この場所で営業を始めたのではない。何の権利もないのに、勝手に場所を占拠し、営業を始めてしまったのである。そして、自然公園法が施行された後も、いわゆる”既得権益”として、(国も)認めざるを得なくなってしまった。にも関わらず、山小屋の前で休み、少し大きな声で雑談している組がいると、「静かにして下さい。お客さんが、寝ていますので」などと注意している姿を、よく見かける。向こうにしてみれば、休憩所を提供しているのだからという思いがあるのかも知れないが、山小屋を利用しない人間からしてみれば、きちんと整った休憩所などいらない(更地で良い)から、さっさと小屋を撤去して下さいという心持ちになる。何の権利があって、君たちは我々の声量にまで制限をかけようとするのですか?…と。
 最初の山小屋を過ぎると、その後は礫の道が延々と続く。ちなみに、このルートは登山道と下山道が途中から別れており、下山道は真っ直ぐだが、登山道は登りやすい様、九十九折になっている。ただ、これらの道は平行しているか、場所によってはクロスしているため、慣れない人が夜中に歩くと、逆側の道に迷い込んでしまう。

 迷い込んだ末に、そうしているのか、或いは、敢えてそうしているのかは、よく分からないが、時として、登山者が下山道を歩いているのを見かける事がある。確かに、単純に距離の点から言えば、下山道の方が短いのであるが、これは正直、あまりお勧めしない。傾斜が急な上に、道が礫で出来ているから、三歩進んでは一歩分下がるといった感じで、効率の点から考えれば、すごぶる悪い。
 振り返ると、朝日が随分と昇って来ていた。

 ふと横を見ると、次郎坊が見える。ちなみに、おそらくは御殿場ルートから登る人間にとって、この次郎坊が最初の目標地点になっている。

 この前後(正確な時間では、07:42)、ちょっとしたハプニングが起きた。前を歩いている人のスマートフォンが鳴り(ラッパの音)、その人が驚く。その直後- 時間にして、およそ一秒ほど -、今度は、かけてもいない、私のスマートフォンのアラームが鳴り出す。改めて確認しても、こんな中途半端な時間にかけた形跡はない。これはもしや、この地域一帯にコンピュータを狂わせる何かが発生したのか?
 電磁波により、コンピュータが誤作動を起こすという事は起こり得る。だからこそ、飛行機の中では通信機器が使えないのである。しかし、この場合はどうだろうか?蓋然性の高いものとしては、富士山の中をうごめくマグマか、もしくは、富士山麓にある自衛隊の演習場か…まあ、こればかりは、考えてみても解決しそうにない。
 しばらく歩いていると、何やら周囲に異様な雰囲気が立ち込めて来たので、振り返ってみた。すると、雲が山肌を駆け上がって来ている。
 

 そんな中、ある人物が目に入った。富士山の帽子を、被っている。

 そう言えば、富士山が世界文化遺産に登録された年は、バリカンで”祝・世界文化遺産”という文字の形に頭を刈っていた(正確には、文字の形に髪を残していた)人がいたな。しかし、写真を撮った時は気付かなかったが、この写真の人物、私を睨み付けてないか?
 雲に囲まれ、視界はすっかり悪くなった。この幻想的な雰囲気は、富士登山の醍醐味の一つである。

 しばらく進んでいると、かつては山小屋であったであろうと思われる廃屋が見えて来た。

 程なくして、視界は良好になったが、それも束の間で、今度は横の方から雲が覆い被さって来た。


 少し歩くと、山小屋の様なものが見えて来たが、ここもどうやら、今は廃屋となっているらしい。

 更に上に進んで行くと、ここで初めて、廃屋ではない山小屋に出くわす。


 気がつけば、視界が良くなっていた。下の方に、先程、覆い被さって来ていた雲が見える。

 次の山小屋が、見えて来たが、そこには何と…


 先程の人物だろうか?しかし、服装が変わっている様に見えるが…まあ良い。一応、写真に収めておこう。
 ちなみに、御殿場から何度か登っている人は、おそらく、この看板を目印にしている。

 ここから、道が少し険しくなるのである。ちなみに、少し進んで行くと、また廃屋となった山小屋が…

 やはり、最も登山客の少ないルートだけあって、経営は厳しいのだろう。
 ここから少し行った所で、女子大生と思わしき、四人組のグループと出会した。「大変なルートを、ご苦労さまで~す」と、すれ違い様に声をかけて来たので、「これで、登って来たんやで」と、自分の靴(クロックス)を指差す私。すると、「うそー!!」「えー、凄~い!!」と食い付きが上々なので、私は調子に乗って、その子たちと長い時間、話し込んでしまった。
 すっかり打ち解けたので、別れ際に私は、プライベートで使用している、少し風変わりな名刺を渡した。四人の内、都内の国立大学に通っている子とは、今でも親交がある。無論の事、彼女らに名刺を渡したのは、このまま親密さを増して行き、あわ良くばムフフな関係に人生の先輩として、道を踏み外さぬ様、善導して行ければと考えたからである。
 女子大生たちとの、楽しい時を過ごしたのも束の間、今度は眼前に広がる光景が、私に厳しい現実を突き付けて来た。

 いやいや…そうやわ。これ超えなアカンのやった…すっかり、忘れとったわ。
 この九十九折に続く道を超えれば、山頂まで僅かである。ただ、この辺りになると酸素も薄く、道もなかなかの急勾配であるから、この付近は見た目以上の難所である。
 ここで、一つの告白をしなければならない。私は、今回の登山で初めて、高山病らしき症状に見舞われた。目眩がする、吐き気がする。凄まじい疲労感が全身を襲い、立っているのもやっとである。私は、週4でジムに通っているから、それなりに体力はあるはずなのだが、その練習中にすら感じた事のない違和感が、私を内面から襲って来る。正直、登山をしていて、初めて危機感を覚えた。
 しかし…である。私は、普段着の様な軽装で、この日本最高峰の山に挑んでいる。この事については、何人もの人から幾度となく非難されたし、また、実際に登山客を見ても、私の様な軽装で登っている人など、一人として見た事がない。ましてや、この最もキツいルートとなると尚更で、皆一様に、セットで最低でも数万円はするであろう重装備で臨んでいる。私は、覚悟を決めた。この場所で、しばらく休む。そして、何があっても、誰にも助けは求めぬ。自分の勝手でやった以上は、自分の力だけで何とかする。これなら、文句はあるまい。
 私は、登山道から少し外れた岩場まで、這う様に進んでいった。ようやく横にはなれたものの、何故かなかなか寝付けない。しかし、今の私に必要なのは、時間と休息である。私は、とにかく寝なければならない。目を瞑っていると、何故か遠い昔の、いろいろな事を思い出す。子どもの頃の、あの懐かしい感覚が、富士の冷気と共に、私の周りを取り囲んだ。
 二時間ほどして、私は目が覚めた。途中、何度か薄ぼんやりと意識が戻ってはいたが、明確に起きたと言えるのは、これが初めてだった。万全とは行かないが、高山病らしき症状は幾分か和らいでいる。私は、再び山頂に向かって歩き出した。
 歩くにつれて、体調は良くなって行っている様に思えた。すると、程なく九十九折の道を抜け、山頂へと続く合図となる幾つかの目印が、私の目に飛び込んで来た。



 やがて、鳥居が見えて来た。どの登山口にも、ゴール地点に鳥居があるから、これが、登山客にとってのゴールテープの様な役割を果たしている。


 鳥居を潜ると、やがて御殿場口である事を示す案内板が見えてくる。これを見ると、改めて自分は山頂まで来たのだなという実感が湧いて来る。

 山頂では、幾つかの箇所が改装中だった。


 それぞれの登山口のゴールを示す例の鳥居も、御殿場ルート以外は全て、改装が終わっているらしかった。


 今回は昨年と違い、時計回りにお鉢巡り(※05)をした。剣ヶ峰に向かう道は、かなりの急勾配である。

 昨年は、天候が悪かったのに加え、時期が早かったため、山頂に私一人という状況だったが、今回は剣ヶ峰ですら、まばらに人の姿が確認できた。



 剣ヶ峰の奥の方では、立入さん(詳しくは、”富士登山 ~山頂編~”参照)の鉄柵が、未だに放置してあった。

 では、昨年同様に…トウッ。




 ところで、今回の富士登山には、登山以外の目的が一つだけあった。まずは、昨年の写真を、ご覧いただきたい。

 この写真の中央あたりに、黒っぽい石があるのが、お分かり頂けるだろうか?実は、私は、この写真を撮った後、この石を一年間だけ借りるつもりで、持ち帰ってしまっていた。尚、富士山の石の持ち出し(移動も)は、自然公園法第21条第3項(文化財保護法)に於いて禁止されているから、これは法律的にも人道的にも、やってはいけない事である。
 私は、およそ一年の間、私と同居していた石を、元の位置に戻しておいた。

 多分、もう会えないだろうな…そう思うと、妙に悲しみが込み上げて来る。
 剣ヶ峰を下り、先を進もうとすると、カリブ海の島に住む原住民が、リンボーダンスをした形跡(詳しくは、”富士登山 ~山頂編~”参照)の向こう側で、道が雪で閉ざされているのが確認できた。

 しばらく進むと、竹の笛の音の様なものが聞こえて来る。その方向に目をやると…

 そう言えば、以前にも一度、この音を聞いた事があったな。しかし、その原因が何であるのかは、今以てはっきりしない。
 昨年も立ち寄った”金明水”の石碑の所から、剣ヶ峰の方向を写してみた。

 こうやって見ると、富士山は山頂部もかなり広いのだなと実感できる。
 ちなみに、火口内部からの上がり口を歩いていると、偶然にも二人の人物と出会した。

 少し見づらいが、頂上付近の、中央よりやや左寄りに、二人の後ろ姿が確認できる。ちなみに、この二人が向かっているのは、先程、竹の笛の音の様なものが聞こえて来た辺りなのだが、もしかしたら、彼らは、あの笛の音について、何か知っているのかも知れない。
 無事に一周し、元の鳥居の所に着いた頃には、もう夕刻になっていた。西を背に外界を見下ろすと、壮大な富士山のシルエットが浮かび上がっている。

 山を降り始めて一時間ほどで、辺りは暗闇に包まれた。誰もいない下山道を、スマートフォンの明かりだけを頼りに、慎重に確認しながら下りたので、登山口(新五合目)に着いた頃には、もう22:00を過ぎていた。

 実は、まだ言っていなかった事がある。今回、富士登山をするにあたり、私はコロチロの写真を、鞄の中に忍ばせて行った。富士山を見せてやろうと、思い立っての事だったが、富士山に登り始めた直後、最初の山小屋を過ぎた辺りで、二匹の蜂が、私に近づいて来た。私が座り、片手にペットボトルを持っていると、その手のすぐ横をホバリングしながら、私の方を見ている。その顔が、私の目にはコロとチロの様に映った。
 二匹の蜂は、私が高山病らしき症状にかかる直前まで- 時間にして、およそ10時間ほどの間 -、私の周りを飛び続けていた。もしかしたら、私の事を見守ってくれているのかな?…そんな非科学的な事を考えてしまった私は、何とも言い知れない、切ない気持ちになった。私は、ひどい飼い主だった。犬の楽しみなんて、そう大してある訳でもないのに、彼らの要求の内の十に一つも、応えてやらなかったのではないか。そんな主人の下へでも、こうやって心配して出て来てくれる…そう思うと、私はこれを書いている今も、強い後悔の念に苛まれる。
 またいつか、会えるといいなと思う。その時は、あの時に罹った高山病の話でもしよう。君たちがいなくなった後、大変だったんだよ…と。

※01:富士山には、山梨側から吉田(60%)、静岡側からは須走(12%)・御殿場(06%)・富士宮(23%)の4つのルートが存在する(カッコ内は、夏季登山者の全体に対する割合)。また、一般には余り知られていないが、富士宮ルートから御殿場ルートに移行する、プリンスルートというものも存在する。
※02:御殿場(新五合目)から山頂までの道のりは、2266Mとなる。尚、他のルートは、1436M(吉田)、1746M(須走)、1332M(富士宮)、1386M(プリンス)である。
※03:御殿場ルートに於ける、登山の出発点(新五合目)と山頂にあるものを除く山小屋の件数は05件である。尚、他のルートは、16件(吉田)・09件(須走)・07件(富士宮・プリンス)である。
※04:黒シャツ(無地・ポケットなし・空気縫製・ヘビーウェイト)が12枚、ジーンズ(Levi’s 503)が5本。これは、洗濯の頻度が10日に一回で済む様、計算して購入している。
※05:富士山の火口周辺を、一周する事。