整形

 先日、知人と話していると、整形の話に話題が移った。私が反対の立場である旨を伝えると、彼女は一瞬、不思議そうな顔をして、私の主張には一貫性がないと言い出した。何の事だか、訳がわからない。すると、彼女は、私が以前に、売春に対し肯定的な意見を述べた事を持ち出して来た。どうやら、売春を肯定する程にリベラルな私が、整形に否定的な立場を取る事に違和感を覚えたらしい。
 もっとも、私は別にリベラル(自由主義)を気取っている訳ではない。思想・信条といった偏見を排除し、論理的に考察した- これは、典型的な高知能者の特徴でもある -結果の幾つかが、リベラルと呼ばれる人々が主張しているものと一致しただけの話である。無論の事、売春に対しても同様で、私が売春に対し肯定的な理由は2つある。一つは、売春のみを職業選択の自由から除外する合理的な理由がない(※01)事。もう一つは、娼婦の存在は、性犯罪を抑止する上で一役買っているという事(※02)。ただ、肯定とは言っても、私に親しい人間が売春に走りそうになれば、やはり私は反対するだろう。そして、これを”矛盾している”と考える人は、あまり知能の高い人間ではない。なぜなら、私個人の価値観の問題と、売春が職業として許されるかという、いわゆる”権利”の問題とは、根本的に別問題だからである。

 整形について語る前に、大前提として確認しておきたいのは、生命体の目的というのは、究極的には自身の遺伝子を残す- 生殖 -という、ただ一点であるという事である(※03)。人間の欲は、大別して3つある。 食欲・休欲(睡眠欲)・色欲(性欲)があるが、その内、食欲と休欲は、突き詰めれば生殖本能に帰結させる事ができる。例えば、人間は空腹になったり、休息が足りなかったりすると性欲が減退するが、これは、生命としての機能の維持を優先した方が、(長い目で見れば)生殖機会が増えるからである。また、一般に親は、自分よりも子供の命を優先的に守ろうとするが、それは、自分よりも(若い)子供の方が、自分の遺伝子を残してくれる可能性が高い- 生殖機会が多い -からである。つまり、空腹になったり、休息が足りなかったりした時に性欲が減退するのと、親が自分よりも子供の命を優先的に守らんとする全く別物に見える二つの事柄は、実は同じ行動原理(本能)に基づいている。
 ところで、余談だが、生殖本能という観点から男女を対比するのは、面白いものである。例えば、一般に男性と女性では、女性の方が相手を選ぶのに慎重だが、これは、男性は(生殖機能に問題がない限り)際限なく子供を作れるのに対し、女性は(身体への負担が大きい為)出産機会が限られているからである。また、女性は三十代で色欲のピークを迎えるが、これは、三十代を過ぎると、安全に出産できなくなる- 母体が弱ったり、奇形児が生まれやすくなる -からである(※04)。更に言えば、男性よりも女性の方が、加齢により喪失する性的魅力の度合いが大きいが、これは、男性よりも女性の方が、加齢により喪失する生殖能力の度合いが大きい事を考えれば合点がゆく。つまり、これらの状況証拠が示す事実は、恋愛というのは多分に- ある種の人々が信じたがる様な、神秘的なものなどではなく -本能的なものだという事である。
 しかし、ここで一つの疑問が生じる。人間は如何にして、相手を選別しているのだろうか?これが、単純に優秀な相手を選んでいるという事であれば、もっと異性としての好意が、特定の人物に集中しても良いはずである。だが、実際はその様になっていない- 比較的、多くの人間に分散されている -事を考えると、おそらくはもっと複合的な要素- 良質な子孫を残す上での、自分の遺伝子との相性 -に基づき、相手を選んでいると考えるのが自然である。ところが、そうなると相手から遺伝子の情報を得る手段が問題になって来る。”フェロモン”というものは確かに存在し、それは一つの手がかりとして成立し得るのかも知れないが、しかし、それだけでは膨大な情報量を持つ遺伝子の伝達手段としては、いかにも心許ない。だが、何か別のものと組み合わせれば、どうであろうか?扱える情報量は、格段に増えるに違いない。だが、その”何か別のもの”とは?…私が真っ先に思い付くのは、”顔”である(※05)。人間は、顔やフェロモンや、もしかすると、その他の様々なものの組み合わせによって、相手の遺伝子を識別しているのではないか?
 しかし、そうなると整形という行為は、多分に問題を孕んだ行為だという事になる。整形をする事により、間違った遺伝子の情報を発信する。すると、適切な相手がその人物に対し、異性としての好意を抱き難くなるため、適切な相手と結び付く事のできる可能性が低下してしまうのである。

 無論の事、私の立てた仮説は実証されてはいないし、幾つかの疑問点も残る。だが、遺伝子の解明が進んでいる昨今の状況から考えて、私はこの仮説が、遠からぬ未来に実証されるのではないかと考えている。

※01:反対派の人々が挙げている理由は、軒並み特定の思想・信条に基づいたものであり、これを理由に規制をかける事は、憲法19条に定められる所の(個々人の)思想・信条の自由に反する。
※02:江戸の町は、吉原(遊郭街。現在の日本橋人形町、及び、浅草二丁目付近)が出来てからというもの、性犯罪の発生率が下がった。
※03:地球上に存在する殆どの生命体- 人間と袂を分かつ -は、生殖というただ一つの目的の下に生命体としての活動を行っている様に見える。また、これらと高等生物との間に見られる差異は、本質的な違いというよりは、寧ろその知的能力の度合いがもたらしているものとみなすのが自然であろう。
※04:若いうちは時間的余裕があるので、限られた機会を可能な限り良い子孫を残せそうな相手に対し使おうをするが、歳を取ると、そんな事は言っていられなくなる- 質の良くない子孫でも、残さないよりはマシ -ため、相手をあまり慎重に選ばなくなる。
※05:こう考えると、美形というのは最大公約数的な- 多くの異性にとって適切な -遺伝子の持ち主だという事になる。