情報操作

 こういう状況を、想像して頂きたいと思う。あなたが中古車を購入しに、ディーラーに出かけたとする。目の前には、自分好みのスポーツカー。店員はその車について、熱心に語る。

「この車は最高ですよ。まだ新しいし、2万kmしか走っていない。ボンネットの中も綺麗で、エンジンの吹けも抜群にいい。インテリアもご覧の通り、新品同様。まだクリーニングに出す前の状態でこれですから、納車時にはもっと綺麗になりますよ。人気車種なので、放っておいても売れるのですが、今回は特別に車検込み、120万円でお譲りしましょう。他のディーラーなら180万はしますから、これはお買い得ですよ」

 その後、いろいろと見てみたが、店員の言う事は、どうやら本当らしい。そこで、あなたはこの魅力的な話に飛びつき、車を購入する。ところが、購入後に最初の所有者が無茶な改造をし、慢性的な不具合を抱えているという事が分かった。この場合あなたは、どう感じるだろうか?やはり、”騙された”感は拭い切れないだろう。また、その他にも以前の所有者が事故を起こし、シャーシに歪みが生じてしまっている事や、ここかしこに塗装ムラがある事が分かれば、その思いは一層、強くなるはずである。
 だが、ここで注目して頂きたいのは、店員は決して、嘘は言っていないという事である。嘘を言ってはいないが、これらの事実を事前に知る事が出来たならば、決してこの車を購入したりはしなかっただろうから、あなたは明確に騙されている。つまりこの場合、あなたは事実の幾つかを知ってはいたが、実像を捉えてはいなかった。一部を全てであるが如く、錯覚を起こしていた。数本の木を見て、それが森の全てであるが如く思い込んでいたのである。
 私が言いたい事が、お分かりになるだろうか?情報操作というのは、何も虚偽や誇張を以てのみ、実現される訳ではない。何を伝え、何を伝えないといった、情報の取捨選択を恣意的に行う事によっても十分に可能であり、事実、世に出回っている情報操作の多くは、この手の手法によるものである。という事は、実像を知るという事は、単に事実を知るという事よりも、遥かに高い知性を要求されるという事になる。自分の持っている情報が、ある物事について結論を下し得る程に十分なものであるかどうか…この辺りの判断が的確に出来ない人間は、”事実”を認識する事は出来ても、”真実を”捉える事はできない。
 何故、私がこの様な話をしたのかと言うと、以下の朝日新聞の記事(05月22日)が目に留まったからである。

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 日本民営鉄道協会(東京都千代田区)は22日、大手私鉄16社で2012年度、駅員や乗務員が乗客から暴力を受ける被害が計231件あったと発表した。JR各社の分も加えると、計783件に上る。駅員らに対する暴力行為は08年ごろに急増。過去最悪だった11年度の845件よりは減ったものの、依然として被害が多い状態が続いている。
 同協会のまとめによると、暴力行為は午後10時以降の発生が多い。加害者はほぼ男性で、全体の77%が飲酒状態だった。改札機でうまく入場できなかった乗客に財布を投げつけられ、首を絞められてけがをしたケースや、乗客の特急券を確認してお辞儀をし、顔を上げた際に突然殴られたケースなどがあったという。
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 この文面だけを見ると、真摯な態度の駅員に理不尽な乗客…といった光景が浮かんでしまう。しかし、本当にそうなのだろうか?私個人の体験を言わせてもらえば、駅員に不愉快な思いをさせられた事は一度や二度ではないし、もう既に数え切れない程、電車に乗っているにも関わらず、泥酔した客がいきなり誰かに殴りかかるなどといった光景は目にした事がない。また、記事に書かれている77%というのは飽くまで”飲酒状態”であり、必ずしも意識の混濁を伴う”泥酔状態”ではない事を考えると、記事から受ける印象は、愈々怪しく思えてくる。駅員の無礼な態度に腹を立てた乗客が少し暴れる気配を見せ、そのほのかに上がった火を大火事だと騒ぎ立てた駅員により、警察に引き渡されたものが上記のデータの大部分を形成しているのではないか?ここに挙げられている実例にしても、”駅員の無礼な態度”の部分のみが、丸ごと割愛されているのではないか?私には、そう思えてならない。
 鉄道各社に言いたい。以後、こういったデータは、

・事件の発生した過程が明確になっているもののみを対象とする。
・上記条件を満たしているものは、例外なくデータに反映させる。
・事件の発生に至る過程の一切を公開する。

といった条件の下で作成、公開する事。これらの条件を満たした上で、即ち、”真実”がある程度はっきりと見えて来る形でデータが公開されたならば、それを受け取る側の印象も、かなり違って来るのではないかと思う。