将棋界について思う

 藤井聡太という青年が、話題を集めている。将棋の世界に於いて、史上最年少でプロ棋士となったのみならず、未だ負け無しの快進撃を続けている。実を言うと、私は彼の連勝記録がストップした後に、この記事を書こうと思っていた。ところが、いつまで経っても負けそうにないので、私は待つ事を止め、PCに向かう事にした。
 彼以外にも、中学生でプロ棋士になった者はいる。加藤一二三・谷川浩司・羽生善治・渡辺明らがそうであるが、これらの者たちはいずれも、後に将棋界を代表する棋士へと成長している。だが、藤井がこれら4人と異なるのは、プロ棋士になった時点で、既にトッププロ並か、若しくは、それを凌駕する程の実力を備えているという点である。こういった人材の台頭は、誰も予測していなかったのではないだろうか。
 もっとも、私には、彼の様な人物が、いつかは出現するであろう事は分かっていた。ポテンシャルの高い人間がひしめく世界では、突き抜けた人間というのは出現しにくい。これは、単純に出現率の問題である。しかし、本ウェブサイト記事、”伝統・文化という欺瞞”でも指摘している通り、将棋のプロ棋士の世界は、その制度上、ポテンシャルの高い人間たちがひしめき合うといった状態にはなっていない。つまり、敢えてプロ棋士を目指そうとはしないだけで、彼らと同等か、若しくは、彼ら以上のポテンシャルを持った人間は、かなりの数、存在するのである。そして、運命が気まぐれを起こして、その”制度を変えない限り、将棋界では得がたい”人材が入って来るという事は、十分に考え得る。今回の藤井の出現は、その運命の気まぐれが生み出した現象であるに過ぎない。
 もし、日本将棋連盟が現行の馬鹿げた制度を改め、多大なリスク- 将棋以外の全てか、或いは、殆ど全てを犠牲にする -を負う事なしに、プロ棋士になれる道を整えたら- 即ち、実力さえあればプロ棋士になれる制度を整えたら -、藤井クラスの人材は、他にも現れるであろうし、それにより、将棋界の勢力図も大幅に塗り替えられるはずである。現在、プロとして活躍している棋士たちにも、生活があるのは分かる。しかし、将棋という文化を、より洗練された魅力的なものにするためには、可能な限り門戸を開くべきではないか?将棋の未来を考えるならば、”実力”という絶対にして唯一の指標のみが支配する、本物のプロの世界にすべきではないか?…私は切に、そう思う。