青少年の頃の思い出①

 「他者の価値観を、尊重します」と言う人間の大半は、その人の価値観の中でのみ、他者の価値観を尊重する。しかし、”自分の価値観の枠組みの中でのみ、他者の意見を尊重する”というのは、”自分の価値観にそぐわないものは尊重しない”、即ち、”他者の価値観は尊重しない”と同値であり、これは”尊重しない”というネガティブな言葉を、”尊重する”というポジティブな言葉にすり替える事により、言葉から受ける印象をすりかえただけの欺瞞である。しかしながら、この種の”言い替え”を好む人間の多くは、それが欺瞞である事を認識した上で言っているのではない。抽象概念をよく理解し、物事の本質に鋭く切り込める程の知能を有さないため、”言葉の理解”を”本質的理解”と履き違えている事に、気が付かないのである。

 私が中学生の頃、弁論大会というものがあった。おのおのが自分の主張を原稿用紙にまとめ上げ、それを読み合わせた上で、まずは班別の代表を決める。そして、それ以降は、全員の前でそれを読み上げ、クラス別、学年別、都道府県別の代表を決める。おそらくは、これを読んでいる方の大半は、経験があるのではないだろうか?
 論文大会の草稿を書く際、教師は大概、自分の思った事を書けという。しかし、彼らの多くは冒頭に挙げた様な、他者の価値観を尊重せず、しかも、その事に気付かせるのに容易ならざる者が多いから、その言葉を額面通りに受け止める訳にはいかない。無難なのは、差別を無くそう、老人を労わりましょうといった、飽きる事なく毎年の様に繰り返されている退屈な題材を基に、使い古された美辞麗句の数々を適当にちりばめた毒にも薬にもならない文章を、学生らしい謙遜を匂わせながら、適当な長さで書く事である。この知性も感性も刺激する事なく、個性や独創性を微塵も感じさせない文面こそが、彼らにとっての規範であり、自身の教育が成功している何よりもの証なのである。
 そんな教師という職種の人間を、私は軽蔑していた。だから、当然、論文大会の草稿を書けと言われても、すんなり書くはずもなく、中学一年生の時と二年生の時は、気にも留めなかった。ところが、中学三年生の時、私はふとした気紛れから、この草稿を書く事にした。タイトルは「ヒトラーの再評価」。内容としては、ヒトラーという人物は、ネガティブなイメージが先行する余り、或いは、その論客が、世間の批判を恐れるが余りに、とかく悪意を以て評価されがちである。しかし、歴史から何かを学ぶのであれば、現代思想という色眼鏡の上から一方的に断罪するのではなく、事実に基づき、客観的な視点から、その実像に迫るべきではないか?昨今のヒトラー評の多くは、単なる現代思想の投影に成り下がってしまっている…概ね、そんな所である。
 私は、その論文の草稿を、提出期限最終日の放課後に、一時間余りを費やして書き上げた。ところが、それは、私が書いている所に居合わせた知人(その知人からは、「他の人間が書くものとは、レベルが違う」との評を頂いた)と、担任教師以外の人間の目に触れる事はなかった。私の担任教師は、クラス代表を選考するための読み合わせをする際、私の草稿だけを、その場に上げなかったのである。

 私にとって学校とは、如何なる意味に於いても何も学べない…退屈で、くだらない所でしかなかった。