青少年の頃の思い出③

 世界初のコンピュータである、”ENIAC”の記事を初めて読んだのは、小学校三年生の時である。その記事には、当時主流だったPC並の性能をENIACに持たせるには、街一つ分の面積が必要であるといった風な事が書かれていた。コンピュータは、その誕生以来、指数関数的に性能を飛躍させ続けている。そんな日進月歩のITテクノロジーには、確かに夢があり、あの当時の私にとって、コンピュータと未来は同義語であった。
 11歳の時、MSXというPCを初めて目にした。もっとも、PCとは言っても、所詮は8ビット機であるから、出来る事と言えば(単純な)ゲームか、BASICで簡単なプログラムを組む程度である。しかし、そんな玩具も、私の目には画期的なものに写った。以後、私のPCに対する興味は、日を追う毎に増して行った。
 今でこそ、10万円を切る値段で実用に耐えるPCが買えるが、昔のPCは高かった。参考までに言うと、16ビット機から32ビット機への移行期のNEC(※01)/PC-98シリーズのローエンド機であるFXの実売価格が19万円、ディスプレイが9万円(※02)程度である。尚、これにはOSやHDなどは一切含まれておらず、純正品でないメモリーでも4万円ほどしていたから、ある程度、快適な環境でPCを動かすには、どんなに安く見積もっても40万円近くかかる計算になる。ちなみに、当時はラップトップかノートブックPCにしか使われていなかった液晶がカラーになったのも、この頃である。しかし、NECから出されていたこの商品も、OSやHDなどが一切付いていない状態で実売価格が64万円程度であった。学生の時分の私が入手するには、余りにも高額である。
 そんな高嶺の花であるPCを手に入れるため、私は高校一年生になったばかりの頃、校則で禁止されているアルバイトを始めた。アルバイト先は、鍵と防犯器具を専門に扱う会社で、時給は530円。時代と場所(大分県)を考えても、少し安すぎる様に思えるが、人に頭を下げるのが嫌いな性質だから、ベタな客商売はやれない。様々な要素の篩にかけ、最後に残ったのが、この会社だったのである。

※01:当時、世界的に見ればPC/AT(IBM/model 5170)互換機が主流だったが、日本ではNECが90%以上のシェアを占めており、またNECは独自規格を持っていた。初期の頃のWindowsを使った事のある人なら、これら2つの規格に応じ二種類のWindowsがあった事を、記憶している事と思う。
※02:今では、セット販売が当たり前だが、昔のデスクトップPCは、ディスプレイが別売だった。

 私のアルバイト先での主な仕事は、合鍵を作る事と、簡単な雑務であった。合鍵は、特殊な機械で作る。元の鍵とブランキー(溝を削る前の鍵)を、然るべき位置にセットすると、連動したそれらは、二次元的に並行な動きをする。元の鍵の前には、リード(金属の突起)があり、ブランキーの前では、回転する刃が回っているから、元の鍵の溝をリードに沿わせる様に動かせば、ブランキーの方にも同じ溝が削れるという寸法である。
 仕事を始めて2ヶ月ほどが経った頃、アルバイト先の防犯設備の工事に携わっていた人物が、大きな怪我をした。当分の間、動けないので、店内の仕事しか出来ない。結果、私と顔を合わせる機会が多くなる訳だが、ある時、この人物が私の目の前で、何やら不思議な事を始めた。玄関などに付いているタイプの鍵の展示品の前で、何やらガチャガチャやっている。すると、次の瞬間、ロックが回る。それが、鍵を使用して開けたのでない事は明らかだった。
 後で聞くと、それは、”ピッキング”と呼ばれる、特殊な道具を使い、鍵なしで解錠する技術であるとの事だった。これは、鍵の技術者(鍵師)には必須の技術であるが、当然の事ながら、空き巣や車上荒らしなどにも使える。事実、この技術を用いた窃盗事件というのは、毎年すくなからず発生している。
 私は、この魔法の様な技術に興味を抱き、この技術を是非とも教えてくれる様、頼んだ。結果は、予想どおり”No”だった。ピッキングの技術は、必要最低限の人間にしか教えられず、また、教える際は、それを悪用したり、妄りに人に教えたりしない旨の誓約書を取った上で、鍵師として登録しなければならない。高校生のアルバイトが、教えて貰えようはずはなかった。
 普通の人ならば、ある目的地へと続く道が塞がれていれば、そこで諦めるし、意志の強い人ならば、既にある別の道を探そうとする。ところが、私の場合は、新たな道を作り、その上を歩いて行こうとする。ありとあらゆる可能性を視野に入れ、常識に囚われずに目的を達成する”問題解決能力”の高さは、今日に至るまで、私の持つ強力な武器の一つである。
 私は、まず、鍵を分解し、その構造を調べた。この時点で、私は、鍵(※03)には彫られた溝に触れる部分がシリンダーになっているタイプ(自動車や、一昔前の集合住宅などに多く使われていたタイプ)と、ピンになっているタイプ(一般家屋などは、このタイプが多い)の二種類がある事を知った。そして、鍵の仕組みを理解すると同時に、あるインスピレーションが浮かんだ。回転方向に負荷をかけ、ピン(シリンダー)を押す。すると、幾つかのピンが合い、それ以外のピンは深く入り込み過ぎてしまう(※04)。次に、回転方向の負荷を少しだけ緩める。すると、合っているピンはそのままで、深く入り過ぎたピンは戻る際に(きちんと合った位置で)止まるか、完全に戻った状態になる(※05)。次に、再び回転方向に負荷をかけながら、完全に戻ったピンのみを押す。以下、それを繰り返しながら、全てのピンを合わせて行く。論理的な側面は、これで間違いないと思う。
 次に、道具の調達を始めた。先程も言った様に、鍵を開けるには、回転方向に負荷をかけながら、ピンを押さなければならない。つまり、回転方向に負荷をかける道具と、ピンを押す道具の二種類が必要になる。この内、回転方向に負荷をかける道具は、鍵穴に入る厚さの板を細く切り、L字型に折り曲げれば良いだけだから、そう難しくはない。しかし、ピンを押す方の道具は、あの狭い空間(鍵穴)の中で、ある程度は自由に動けなければならないから、なかなか形状を決めるのが難しい。あれこれと考え、形状は決まった。駄目なら、微調整すれば良い。とにかく、試してみない事には、何も始まらない。
 ところが、ここで問題が起こった。私の設計した道具を作成してくれる工場が、見つからないのである。何でも、私の設計は細か過ぎ、作れないとの事だった。かなり範囲を広げて、10件ほど廻ったが駄目だった。仕方がないので、私は、自分で作る事にした。
 自分で作るには、何が必要か…細かい作業だから、ヤスリで少しずつ削って行けば良い。私は、近所の店で、棒状のヤスリを購入した。しかし、肝心の道具を作る材料になりそうなものが、なかなか見つからない。散々、探し廻った挙句、金ノコの刃を手に取った。これなら、適切な厚みである。
 道具や材料を一通り揃えると、急いで家に帰った。金ノコの刃を、ヤスリで削り始める。ところが、金ノコの刃というのは、金属を切るだけあって硬く、ヤスリの方が先に駄目になってしまう。どうしたものかと考えている内に、私はふと、ある事を思い出した。それ以前に、私は、車の好きな知人に、こんな事を聞いた事がある。「車がオーバーヒートした際、エンジンに直に冷水を浴びせては駄目なのか?」…と。その時の知人の答えは、それではエンジンが傷むとの事だった。その時は何とも思わなかったが、傷むとはもしや、金属が劣化するという事か?ものは試しと、私は、金ノコの刃を家庭用コンロで真っ赤になるまで炙り、水道水で冷却してみた。結果は、上々だった。これなら、加工できる。
 金ノコの刃は、手に持つには丁度よい太さだった。取っ手の部分に刃が付いているのは、明らかに邪魔であったが、これに紐を巻けば、手に直接は当たらないし、ギザギザの刃が紐のズレ防止にもなってくれるから、具合としては良い。ただ、肝心のピンに当たる部分は細いため、かなり削らなければならないし、削り過ぎれば、また一からやり直しである。私は、何度も寸法を測りながら、慎重に作業を進めて行った。優に、半日はかかる作業だったと記憶している。
 幸いな事に、ピッキングの道具は一度も失敗する事なく仕上がった。そして、予め買っておいた南京錠で試してみた際の手応えから、私は自身の仮説の正しさを確信した。初めて道具を使い解錠するまでに要した時間は、およそ3分だった。その後、何度か繰り返している内に、ピンを押す器具を1~2回動かしただけ…時間にして、およそ1秒ほどで開けられる様になった。
 その後も、様々な鍵を解錠して廻った。自宅の玄関やベランダ、倉庫や自動車に始まり、その後は武者修行と称して、近所の神社や公民館、マンションの空き部屋なども、よく利用した。また、近所に自動車のスクラップ場があったので、そこにも足繁く通った。スクラップにする車なので、型の古い車が大半だったが、鍵は特殊なものを除き、そう大きく変わる訳ではない。あのスクラップ場は、当時の私にとって、最高の学校だった。
 いろいろな鍵を解錠して行く中で、様々な事が分かった。

・ピンを押す道具と、回転方向に負荷をかける道具との使い方では、見た目に派手なのは前者の方だが、より高い技術を要するのは後者の方である。
・シリンダータイプの鍵と、ピンのタイプの鍵では、前者の方が解錠しやすい。
・集合住宅で、よく使われている鍵(真ん中が、飛び出ている鍵。尚、現在は製造が打ち切られている)は、技術的には難しくないが、鍵を受ける方の前半分を回る状態にした後、後方部分を回さなければならないため、もう一つ道具が必要になる。
・自動車は、扉の鍵は簡単に開くが、エンジンの鍵は、キーが刺さった状態でなければ回るらない(※06)。

 ちなみに、当時、とあるTV番組で、一流の鍵師が、その技術を競うという企画をやっていたが、私が解錠した事のある鍵に関して言えば、私の方が解錠に要する時間は短かった。参考までに言うと、私が解錠に要する時間は、シリンダータイプの鍵で1~3秒、ピンタイプの鍵で7~9秒といった所である。このスピードで開けて、しかも直ぐに閉めて帰るものだから、数々の武者修行に繰り出していたにも関わらず、解錠した事に気付かれる事は、まずなかった。
 もっとも、私は一度だけ、失敗している。ある時、夜景を満喫しようと、とあるマンションの屋上へと続く鍵を開けた。そして、その帰り際、鍵を閉めようと、いつもの作業を始めたのだが、鍵がなかなか閉まらない。実は、鍵というのは、解錠方向に回す時と、施錠方向に廻す時とで、ピンの合わせる箇所が変わる(※07)ため、異なった癖が生じる。簡単に解錠できたからと言って、簡単に施錠できるとは限らないのである。一分ほど粘ったが、駄目だった。また、それ以上やると、誰かに見られてしまう恐れがあるので、私は鍵を開けたまま、その場を立ち去った。
 それから二日後、私は気になっていた、そのマンションを訪れた。すると、屋上へと続く扉に、次の様な張り紙がしてあった。

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警備の方へ

 屋上の鍵は、必ず閉めて帰って下さい。
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…そうそう、悪いのは全て、警備の人です。いやいや、全く以て、けしからん話で…。
 その他にも、私は、自転車の鍵(後輪錠)の解錠方法を開発した。今の自転車の鍵は、シリンダータイプの鍵であるが、少し前まで自転車には、特殊な構造を持つ鍵が使用されていた。
 この鍵が解錠される際の構造上の原理は、次の様になっている。鍵を差し込み、その鍵を(鍵の)背の方向に向かって押す。すると、中にある金属の板が梃子の力により押され、その板が少し傾く。ロック(後輪を抱える様に、飛び出ている部分)は、板の一部が引っかかる形で支えられており、その板が傾くと、引っ掛かりもなくなる。結果、バネの力により、常時(解錠時の状態に)もどる力が働いているロックは、(自然と)解錠された状態になる。
 普通に考えれば、鍵を押した際、梃子により生じる力の作用点に力を加えれば良いという事になる。しかし、この鍵の構造を考えれば、要は板を傾かせれば良い訳だから、必ずしも鍵を使用して開ける場合と同じ力の伝達経路を辿る必要はない。私は、試しに針金の先端をペンチで折り曲げ、その折り曲げた先の部分で板の端を押してみた。板は動き、呆気ないほど簡単に鍵は開いた。
 ちなみに、私は当時、自分の自転車に先端を折り曲げた針金を引っ掛けておき、それで解錠していた。それならば、鍵を持ち歩く必要はないし、鍵を持ち歩かない分、盗難に遭う可能性も低くなる。また、私の方法であれば、鍵の挿入口から僅か1ミリ程度の所にある板の端を押すだけで良く、時間にして1秒とかからないので、普通に鍵を使って開けるよりも早くて楽である。つまり、如何なる観点から見ても、その方が合理的なのである。
 もっとも、こちらの方も一度だけ、ハプニングが起きている。ある夜、ライトの壊れた自転車で走っていると、目の前に懐中電灯らしき光が2つほど現れた。その横を通り過ぎようとすると、その懐中電灯を持った二人の人物が、何やら私に話しかけてくる。よく見ると、黒っぽい服を着ている。警官だった。
 止められたのは、ライトが点灯していなかったからである。そこで、私は、ライトが壊れている旨、告げたが、警官の一人がライトを確認する際、私の自転車の後輪錠が、鍵が差さっていないにも関わらず解錠された状態になっている事に気が付いた。これは、明らかに追求すべき状況である。
 私は、仕方なく、それが特殊な技術で開けたものである旨、説明した。すると、その警官は、私の身元や、私の自転車が盗難車ではない事を確認した上で、開ける所を見せて欲しいと言う。私は、二人の前で実演して見せた。彼らは明らかに、ショックを受けている。それは、当然だろう。彼ら警察官は職業上、鍵師を講師に招き勉強会を開くなどして、この手の技術に関しては、それなりの知識を持っている。しかし、彼らが知っている方法は、一般的な鍵師が知っている方法…即ち、鍵の作用点に力を加える方法であり、これだと、私のものよりも大掛かりな道具が必要な上、時間もそれなりにかかってしまう。しかし、目の前の青年は、先端を折り曲げた針金一本のみで、いとも容易く開けてしまったのである。
 彼らは、更に、どの自転車でも同じ様に開ける事は可能かと聞いて来た。私は、鍵の構造について一通り説明した上で、一般的な鍵師が採用している(と思われる)方法と、私が開発した方法の違いを説明した。そして、鍵で解錠する際の作用点を、外から見る事は出来ないが、板は外から目視できる事。そのため、一般的な鍵師が知っている方法よりは、私が開発した方法の方が、製品の違いによる影響は受けにくい事を説明した。
 彼らの、多少の戸惑いを伴った振る舞いから、私は、彼らの心中- もっと知りたいが、どう切り込んで良いのかが分からない -を悟った。そこで私は、すぐ近くにあった病院の駐輪場に行き、そこに停めてあった殆どの自転車(七台ほど)の鍵を、(彼らが静止するのも聞かずに)15秒ほどで全て開けて見せた。彼らは、暫し黙っていたが、その内に一人がふと、私以外に、この方法を知っている人間がいるのかと聞いて来た。私は、教えたのは、あなた方が最初なので、それを除けば、私しか知らないと答えた。彼らは、この方法が広まってしまうと、甚大な被害を及ぼす事が予想されるので、できれば人に教える様な事はしないで欲しい旨、私に伝え、その場を去った。

※03:ディンプルキーや管キー、Xキーなど、特殊なものまで含めれば、鍵の種類は相当数あるが、ここでは特殊なものは除く。
※04:無論の事、一度で全てのピンが合う場合もある。
※05:ちゃんと嵌っているので、合っていないピンよりも戻り難い。
※06:プラスチックの出っ張りが、横から出ており、それが引っ込まなければ回らない仕組みになっている(鍵を差すと、引っ込む)。尚、原付きなどの安価なバイクには、この機構が付いていないため、これらのバイクに関しては、エンジンの鍵の解錠は可能だった(当時。現在は不明)。
※07:鍵の構造を知らない人には、分かりづらいと思うが、施錠方向に合わせる時は、ピン(シリンダー)の右側、解錠方向に合わせる時は、ピンの左側を合わせる形になる。

 それから、暫く経った頃、私は、アルバイト先の会社の専務(鍵師)が、解錠するシーンに出会した。その専務は、私に、冗談交じりの口調で、「教える事は、出来ないよ」と言って来る。私は、内心、”いやいや、言っては悪いが、君よりは上手だよ”と思っていたが、この時ふと、ある考えが私の脳裏を過ぎった。
 その”考え”とは、私の持つ技術を売り物にする(教える)という事であった。つまり、解錠の技術と、解錠の際に必要となる道具を制作する技術の両方を伝授し、その見返りとして報酬を得るのである。実は、その当時から、一部雑誌(※08)を通じてであれば、鍵師ではない人間が道具を入手する事は可能(※09)であった。しかし、それを入手する際には、公的な身分証のコピーを提示しなければならない。つまり、道具を購入するだけでも、自分の情報は記録として残ってしまうのである。一方で、私に教われば、解錠の技術と、半永久的に道具を入手し続ける方法を、自分に関わる情報の一切を世に残す事なく、習得する事ができる。希少性の高さを、価格に反映する事が出来るから、マーケットは狭くても、商売としては成立し得るのである。
 私は、早速、顔が広いと思われる知人たち数人に呼びかけた。人を私に紹介し、その人物との契約が成立すると、一人あたり三万円の仲介料が支払われる。この条件は魅力的だったと見えて、それなりの人数が私の元に送り込まれて来た。乗り気な人、そうでない人と、モチベーションは様々であったが、私の技術を実演して見せ、私に教わる事によってしか得られない様々な特典を並べ立てると、皆一様に心が動いた様子だった。
 別れ際には必ず、業者に依頼し作成(文言は、私が考案)した、フォーマルな形式の誓約書にサインさせた。その誓約書に書かれた主な内容は、以下のものである。

① ここで見聞きした事柄の一切、及び、講座受講中に、これに絡み得た知識の内、新たに習得した技術以外の全ては、無かったものとして扱う事。
② この書類にサインした後、72時間が経過すると、当講座を受講する権利は、永久に失われるものとする。
③ 当講座で得た知識を、許可なく商用利用する事を禁止する。

 ①と②は、非日常感を演出する事により、この持ちかけられた話が、特別なものである事を意識させる狙いで作成されたものであるが、②には、今しか契約できないと思わせる事により、決断を後押しする狙いもある(※10)。また、③は、私の商法を真似させないための措置である。
 集客は、予想以上に上手く行った。また、途中からは受講生の内、比較的優秀な二人を講師として登用したから、私は何もしなくても良くなった。ちなみに、私は以前、とある機関で受けた起業家適性を測るテスト(※11)で、フルスコアを叩き出した事がある。研究熱心で、仕事好き。戦略家で、一匹狼(集団行動を、好まない)…確かに、起業家には向いているのかも知れない。
 ある程度まで稼ぐと、私は即座に、この講座を打ち切った。私がやっている事は、違法ではない。だが、もしこういった講座の存在が、広く知られる所となれば、問題視されるであろう事は明白である。もし、継続して稼ぎたいならば、問題視される前に、一度身を引き、時期を見計らってから、再度始めた方が良い…そう考えた末の決断だった。
 それから、暫くした後、私は、他の高校に通う知人から、妙な話を聞かされた。何でも、彼の高校では、マスターキー(※12)のスペアが勝手に作られたらしく、鍵が勝手に解錠されるという被害が相次いでいるのだと言う。私は、この話を聞いた時、彼の通う高校の生徒二人に、解錠の技術を教えた事を思い出した。もしかして…私は、その高校で、実際に被害に遭ったという鍵(錠)を見てみた。
 実は、ピッキングの技術を用い解錠した事のある鍵の鍵穴には、独特の引っ掻き傷が残る(※13)。被害に遭ったという鍵を目を凝らして見てみると、少なくとも私が確認した鍵の全てに、ピッキングの跡と思わしき傷を確認する事ができた。彼の話では、その鍵を開ける事のできるマスターキーで解錠可能な全ての錠の取替えが、検討されているのだと言う。私は、防犯対策が万全な鍵に付け替える様、学校に促した方が良いと忠告した上で、次の様に付け加えた。

「犯人は、世界中の鍵を開ける事のできるマスターキーを持っているのだ」

※08:私の知る限りで言えば、”ラジオライフ”という、マニア向けの雑誌の中にある、通信販売のコーナーで販売されていた。但し、そこそこ高額だった様に思う。
※09:鍵を扱う専門の業者などに、道具を提供する(卸)業者は存在するが、これらの業者は基本的に、専門の業者、及び、鍵師以外の人間に対し、道具の販売は行わない。ちなみに、私も一度、断られている。
※10:これは、小売業者などが、頻繁に用いる手法である。
※11:”The Founder Institute”という、アメリカの機関が作成した、知能検査と心理検査の双方が入り混じった感じのテスト。尚、”強い適性あり”と診断されるのは、全体の1%未満である。
※12:複数の鍵の解錠が可能な鍵。刻みが多いのが特徴で、よく、集合住宅の管理人などが所持している。
※13:警察などは、この傷でピッキングによる被害か否かを、判断する。