先日、生徒(私の仕事の一つは、講師業である)から次の様な質問を受けた。”0.99999999…”の循環小数が1になるという事が、納得できないのだという。ところで、”0.99999999…”の循環小数とは、無限に1に近づく数である。先の生徒が納得できなかったのは、無限に1に近づいても、決して1にはならないじゃないかという事なのであるが、これは飽くまで”有限”の考え方であり、”無限”というのは形而上的概念、即ち、感覚的に捉える事の出来ない(純粋な思惟により、捉える事の出来る)概念であるから、この反論は正しくない。しかしながら、この生徒は私に、感覚的に捉えられる状態にして欲しくて聞きに来ているのであるから、これは甚だ対処に困る。
もっとも、これは分数で考えれば、感覚的な齟齬は生じない。3分の1は、”0.33333333…”の循環小数であり、この”0.33333333…”の3倍が、”0.99999999…”の循環小数である。また、3分の1の3倍は1であるから、”0.33333333…”の3倍、即ち、”0.99999999…”の循環小数も1である。
更に言うと、”無限に0に近づく ⇒ 0である”という事は、思考実験により証明する事が可能である。皆さんは、”アキレスと亀”という話を、ご存知であろうか?哲学者パルメニデスの弟子ゼノンが提唱した論理的な矛盾であるが、それは以下の様なものである。アキレス(※)の前を、亀が歩いている。アキレスはこの亀を追い抜こうと、その亀のいる地点に向かう。しかし、その亀のいた地点にアキレスが着く頃には、亀も移動しているから、この時点でアキレスは亀に追いついてはいない。アキレスは亀を追い抜こうと、更に亀のいる地点に向かう。しかし、その亀のいた地点に着くまでにはやはり、亀は移動しているから、そこでも亀には追いつけない。そしてこれは、何度繰り返しても同じ事であるから、アキレスは決して亀に追い着く事はない…と、こういう話なのだが、この一見して矛盾した話は、次の様に考える事が出来る。
アキレスが最初にいた地点から、亀が最初にいた地点までの距離と、その亀のいた地点から、アキレスがその地点に着いた時点での亀のいる地点までの距離を比べると、その距離は短くなっており、それ以降も同様に短くなって行く。また、これは亀がいた地点と、アキレスがその地点に着いた時点で亀のいる地点との距離が、無限に0に近づいて行くと考える事ができる。アキレスの方が亀よりも速い以上、アキレスは必ず亀を追い抜く。また、アキレスが亀を追い抜くという事は、どこかの地点では必ず、アキレスと亀との間の距離が0になる、即ち、どこかの地点では必ず、亀がいた地点と、アキレスがその地点に着いた時点で亀のいる地点との距離が0になるという事である。よって、無限に0に近づく数は、必ず0になる。
皆さんも気が向いたら、”無限”という世界に思いを巡らせてみるのも、面白いかも知れない。
※:ギリシャ神話に登場する、俊足の英雄。アキレス腱は、この挿話が語源となっている。